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カブりんちょ。

飲む、買う、鬱、なアラフォー女の日常。ご笑覧ください。

「サプライズ誕生会」の気持ち悪さ

いつも思ってた「違和感」を急に書きますけどね。

よく絵本・アニメ・etcで見かける「サプライズ○○」。

ある日、昨日まで仲良かった友達が急によそよそしくなって、
「あっちいけ!」みたいなやり取りとかで一人だけハブられて、
すごく悲しい思いをしながらとぼとぼと家路につくと、
そこでは今日冷たい態度をとっていたみんなが、
実は『ぼく』の誕生会の準備をして待っていてくれた!

みんな「おめでとー!」
ぼく「み、みんな・・・(うるうる)ありがとう!」

 

・・・・・・・って、なにこれ気持ち悪くない?

これって単に、主催者の「善意の押しつけ」であって、
『ぼく』が結局この記念すべき誕生日に受け取ったものは、

「友人からの突然の裏切り」
「孤独」
「どうして?という満たされない疑問」

などなど・・・本来なら味わわなくてよかった負の感情だと思うんだけど。

 

さらに、ものすごく気持ち悪いのは、
嫌な思いをさせられたことに対して文句や解説をしたくても、
それを口に出す機会を奪われてしまっているってこと。

 

祝って“やってる”のに、その過程を怒るなんて空気読めない!
むしろお礼を言われるはず!

というこれまた主催者側の「善意(笑)」によって、
『ぼく』は感情を押し殺さざるを得なく(泣き寝入りをする破目に)なっている。

気持ちいいのは、祝って“やってる”人たち。
気持ち悪いのは、祝われるはずの『ぼく』(とそれを見ている読者/視聴者)。


この手のお話って、昔からかなりコンスタントに見かけるけど、
何でなくならないんだろう。

話書いてる人は、頭がおかしい人なんじゃないかと思う。


なーんてなんて!
やだ、ちょっと本気出して本音言っちゃった☆


ちなみに私はこのサプライズ誕生会を違った形でされたことがある。
ちゃんと「そういうことしないでね!」と言っておいたのにな!(←言われてもやるって・・・)

その当時の上司は、私なんかの気持ちよりも、
その場で「部下に誕生会してやる素敵な『俺』」と評価される事を取ったのだ。

祝って“やってる”という上から目線で独りよがりの『善意(笑)の人』。

 

いるいる、どこにでもいる。

 

ほんと、気持ちわりいー。

おしまいー。