喫茶去 -Kissa.Co-

飲む、買う、鬱、なアラフォー女の日常。ご笑覧ください。

雨宮まみのことを改めて知ったっていうこと。

雨宮まみさんは、
もう今更説明するまでもないぐらい有名な方だというが、
そうはいっても知らない人も多い。

知らない人の方が多い。
それが現代社会の『有名人』ってやつだ。

彼女が創作したという
「こじらせ女子」という言葉は知っていたが、
同世代の女性で、私好みの文章を
こんなにも沢山遺していた方だったとは、
彼女が亡くなって半年が経つまで知らなかった。

しかし、私なんかが知らなくても、
彼女の才能を生きている時から認め、
見守り続け、突然の死を心から悼む人たちを
WEBの端々で見つけることができる。

そんな人たちの文章から、
また別の雨宮さんの文章を紹介され、
私はもういない雨宮さんの想いに共感し、
さらなる作品を追い求め、
その才能に恋焦がれて、
ライバル視するようになった。

私だって、私だって雨宮さんぐらい
やるせない感情を文章にしていたんだ。
今だって言葉にしたいんだ。
なのにまったくしていない現実。

雨宮さんは、
不幸せをクリエイティブに活かす事に
否定的だったみたいだが、
私はやっぱり「満たされていると創造できない」
という想いに絡め取られたままである。

だから今の私は、念願だった仕事につけて、
お給料を毎月もらえて、
子供までいる一見幸せそうな状況の下にいる以上、
自分の文章を生み出せなくなっていると錯覚していた。

でも、雨宮さんの文章を見て、違うって思った。

私はまだ自分の自由な文章を生み出したい。
人生の理不尽を解決するのは、
自分自身の文章しかない。

いつだって、死にたくなる夜を助けてくれたのは、
推敲に推敲を重ねた、自分自身の文章だった。

私は私だけのために書く。書きたい。

そんな40歳の終わりが見える、5月の決意なのでした。